今日も多数の新製品が世に送り出されています。しかし、生き残れる製品の数はそう多くありません。その中で不思議なのは、一時期大きな話題になったのに、いつの間にか市場から消えてしまった、あるいは極めて小さなニッチ市場で細々と生き長らえている、といった製品が案外多いことです。
たとえば携帯型情報端末、いわゆる「パーソナル・デジタル・アシスタンツ(PDA)」も、大きな話題になった製品の一つです。一時期は、多数の企業がPDA製品を市場投入し、シェア獲得にしのぎを削っていたものです。しかし、それも今は昔。いまではPDAという言葉を聞くことは本当に稀です(そんな言葉は知らない、という人もいらっしゃるかもしれませんね)。利用している人の数も決して多くはないのではないでしょうか。
PDAのみならず、あれほど騒がれた新製品が、どうして普及することなく市場から消えていったのか。これに対してジェフリー・ムーアは、独自の理論を提唱しました。ムーアによると、少数の進歩派によって構成される初期市場と、一般的な利用者からなる一般市場との間には、大きな裂け目が空いていると主張します。ムーアはこれを「キャズム(元は岩盤や氷山にできた亀裂のこと)」と呼びました。そしてムーアは、多くのハイテク製品が初期市場で成功したにもかかわらず、一般市場への浸透で失敗したのは、キャズムを越えられなかったからだと言うのです。
キャズム理論を用いると、話題を呼んだ新製品が、なぜ市場に浸透しなかったのかを上手に説明できます。先のPDAもそうです。また、ブログやソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)が、いま若者を中心に人気を博しているのも、キャズム理論をベースに考えると、その理由がわかってきます。今回は、何かと興味深いキャズム理論の実像に迫ってみましょう。
キャズム理論の詳細についてふれる前に、理論を提唱したジェフリー・ムーアについて簡単に紹介しておきたいと思います。ムーアは米カリフォルニアを拠点に活動するハイテク企業向けマーケティング・コンサルタントで、キャズム・グループの創設者です。他にも、ベンチャー・キャピタルのモー・デヴィッド・ベンチャー(MDV)やコンサルタント会社TCGアドバイザーズのパートナーを務めています。
ムーアの名が一躍世間に広まったのは、「Crossing the Chasm(邦題:キャズム/翔泳社)」の出版によってです。この中でムーアは、キャズム理論の詳細について解説しました。同書が出版されたのは、1991年のことです。それから、15年以上経ったいまでも、米国ハイテク業界のバイブルと言われています。スタンフォードやハーバード、マサチューセッツ工科大などのビジネススクールでは、キャズムをはじめとしたムーアの書籍のいくつかを、必読書として定めています。

