オレがやらな誰がやる

20orega

2005年12月25日 NTT出版 1800円


【本書の主な内容】
序 章 通建マンの流儀
第1章 大震災、通信インフラを直撃する
第2章  避難所に通じる臨時電話
第3章  被災地へ向かう通建マン
第4章  通信孤立した苅藻島
第5章  試験台を至急移設せよ
第6章  デッドラインは一月三十一日
第7章  サービス回復への突貫作業
第8章  基幹光ファイバー網の迂回工事
第9章  地下管路を新設せよ
終 章 仮設住宅に届くケーブルテレビ

 阪神大震災で大きな被害を受けた通信インフラ。被災した人々の通信手段を確保するために、通信インフラを守る人々、すなわち「通建マン」が懸命の努力で早期復旧を目指した——。本書は、通信の仕組みをわかりやすく解説しながら、大災害から通信が復旧していく様子をドキュメントタッチで描き出しています。
また、通信インフラの復旧を通して、そこで働く通建マンの職業人(プロ)としてのマインドを描写。「人間にとって働くとは何なのか」、その答の1つを提示しています。

●「あとがき」より
 私がまだ幼稚園に上がる前のことだ。三歳上の兄と一緒に、紡績工場で働く父親を見に行こうと、社宅に隣接する工場へ、自転車の二人乗りで出かけたことがある。
 工場の前で自転車を置いた私たちは、こっそりと建物の中に入った。私は初めてだったが、兄は何度が来たことがあるという。廊下の左側が作業場で、糸を紡ぐためのさまざまな機械がずらりと並んでいた。私は兄の後を追って、廊下をしばらく歩く。そして、廊下の窓から工場の中にいる父親を探した。
「あきちゃん。いたいた。あそこや」
 兄が指さした方を見ると、たしかに父親がいる。灰色の作業服とズボン、これまた灰色の帽子を目深にかぶった父親が、糸を引き伸ばす大きな機械の前で忙しそうにしている。
 私たち兄弟は、窓を開けて父親に声をかけようとした。が、真剣な表情で仕事に打ち込む父親の姿に気おされ、結局、声をかけずじまいで社宅に戻った。
 あれから四十年。私は通建業界で働く人々をテーマにした本を書くことになった。最初の取材に出向いたのは、本書の序章でふれた淡路島だ。
 台風一過の翌日、取材現場に入った。最初に足を踏み入れた営業所内は、何か妙な熱気に包まれていた。安全靴をはいた通建マンが、決して広いとはいえない所内を忙しそうに動き回る。電話が鳴る音、打ち合わせする声、作業の指示。私は椅子を勧められたのだが、仕事の邪魔になりそうなので座れない。
 どの人たちの姿にも、働かされているといった消極的な姿勢は、みじんたりとも感じられなかった。むしろ真剣な表情の中、どこか喜々としているように見える。
 このときふと思い出したのが、紡績工場で働く、私の父親の姿だ。
 その後、取材を進める中で、多数の通建マンの方々から、仕事にかける熱い思いをうかがった。特に、具体的な工事方法になると熱が入り、微に入り細を穿つ説明をいただけた。こうしたお話を聞くうちに、同じプロ職業人として、私も負けてはいられない、という思いが自然に沸いたものである。こうして、「オレが書かな誰が書く」という気概で書き上げたのが本書だ。
 この本を通じて、比較的地味な存在である通建業界、そしてそこで働く人々のマインドを多くの人に知ってもらえればと思う。加えて、こうした通建マンの仕事の流儀から、人が働くとは何なのか、という点をくみ取っていただければ、著者としては望外の喜びだ。
 しかし、いま考えてみると、私の父親も「オレがやらな誰がやる」の精神で、きっとあの紡績機に向かっていたのだと思う。この点については、父親が生きているうちに聞き出しておきたい。

© Akira Nakano pcatwork.com 1999~2008