「経営の神様・マネジメントをかく語りき」でふれたように、ドラッカーは「社会生態学者」「観察者」「文筆家」という3つの言葉で、自分自身のことを規定した。生物学者が生物の生態を観察するように、社会の生態を観察し、省察して、誰もまだ気付いていないことを発見する。これが社会生態学者および観察者としてのドラッカーだ。そして、まだ誰も気が付いていないことを文章にして世に知らしめるのが文筆家としてのドラッカーである。
社会生態学者として社会を観察し、それを記述し続けたドラッカーの興味の中心は、過去と現在の「断絶」にあった。時代には区切り、または節目に相当する時期がある。例えば、室町時代から江戸時代に至る戦国時代や、江戸幕府から明治政府へと政権が移る幕末維新の争乱期は、いずれも旧時代と新時代を画する過渡期として位置づけられよう。こうした節目で、社会の常識や制度、生活スタイルが、前の時代とは全く異なるものになる。これを社会生態の面から見ると、旧時代と新時代の間に断絶が横たわっていると言えよう。つまり、ドラッカーが興味を示す断絶とは、時代の非連続性に他ならない。
ドラッカーが時代と時代の狭間にある断絶に興味を持つようになったのは、幼児期の経験に遡る。ドラッカーは幼年の頃に第一次世界大戦を経験しており、母国オーストリアは、この戦争の当事国であり敗戦国だった。ウィーンの古き良き伝統文化で育っていたドラッカーは、長引く戦争、そして敗戦とインフレーションをはじめとする社会混乱を経験し、過去との断絶を痛いほど思い知らされる。ドラッカーは言う。「連続性と断絶感との間に生じる緊張への興味は、ごく自然なものと思われるであろう*1」。こうして、断絶を凝視する社会生態学者ドラッカーが生まれるのだ。
時代の断絶にいち早く気付くことは、新たな時代の到来を誰よりも早く知ることに他ならない。また、断絶を観察し、その特徴をいち早く分析することは、新たな時代の有り様を誰よりも早く理解することでもある。ドラッカーは、この断絶の観察から得た発見を「新しい現実」や「すでに起こった未来」などと好んで呼ぶ。
ドラッカーが世間に先んじて最初に発見した、新しい現実の代表は、何と言っても「組織社会」だろう。いまではあまりにもありふれているものの、第2次世界大戦中の当時、組織社会に注目されることはほとんどなかった。この組織社会の仕組みを分析したものが、第3作目の著作『会社という概念』(1946年)だが、これを機にドラッカーの興味は、組織を効果的に動かす力の源に移る。そして、そこに観察したものこそが「マネジメント」に他ならない。こうしてドラッカーはマネジメントに急速に接近し、その正体を暴くべく観察し、省察し、記述する。そうして完成させたのが、マネジメントを総合的に扱った世界最初の著作『現代の経営』(1954年)だ。


