4. 知識社会を生き抜くために

 上記に示した知識社会の特徴は、いずれの先進国にも共通する。一方、こうした共通要因に加え、それぞれの国が持つ特殊要因が組み合さることになる。中でも我が国の場合、最も重要になる要因が、人口減少・少子高齢化だ。

 人口減少・少子高齢化社会の最大のポイントは、生産人口が減少する反面、非生産人口の割合が激増する点だ。つまり国家レベルで見た扶養家族が大幅に増加する。当然、この扶養家族を支えるのは、生産人口が支払う社会保険費だ。そのため、働く人が自分自身の暮らしも豊かにしながら、擬似的な扶養家族をも養うには、今以上の経済成長が必要になる。つまり、生産人口が減少するという悪条件の中で、徹底した生産性向上をはからなければならない。

 ドラッカーが指摘する知識社会の到来が現実だとすると、生産性向上のカギは、資本と労働力に取って代わった知識にあることは明白だ。よりかみ砕いて言うと、社会や組織、個人に対して価値を提供できる知識力を高めることである。

 価値の創造は、知識と知識の組み合せから生まれる。したがって、組み合せのパーツである知識を増やすと同時に、その知識を組み合わせる手法を学ぶことが重要になろう。価値を生む知識を有する人は、組織から求められる人材であり、また自ら起業できる人だ。したがって、とにかく価値を生む知識の蓄積に邁進すること、これが知識社会を生き抜く人々ひとりひとりに課せられた課題であり、この課題に対応することが知識社会における第一のリスク・マネジメントになるだろう。

 一方、知識は陳腐化するのが非常に速いという特徴を持つ。そのため、常に最新の知識を維持するには、継続学習が不可欠になる。「21歳までに学んだことは、5年から10年で陳腐化し、新たな理論、技能、知識と替えるか、少なくとも磨かなければならなくなる*6」。こと知識に関しては、経験だけでは対応できないのである。

 ドラッカー自身、継続学習の達人だった。具体的には、3ヶ月、3ヶ年ごとのテーマを設けて学習計画を立てたという。ドラッカーのあの博識ぶり、そして90代半ばまで第一線で仕事をし続けた背景には、継続学習という、たゆまぬ努力があったと見るべきだ。いずれにしろ、継続学習も知識社会におけるリスク・マネジメントの重要手法になることに間違いはない。

 さらに、第2のキャリアを早い時期に設計することも、知識社会、そして高齢化社会を生き抜くリスク・マネジメントになろう。平均寿命が延びる現在、一つの会社に骨を埋めたとしても、早期退職すれば55歳、長くても65歳で、退職後も10数年から20数年もの時間が残ることになる。

 また、熾烈な競争に生きるということは、比較的若い年齢で燃え尽きるケースが増えることを意味する。しかし、燃え尽きた後にも、まだ生きなければならない多くの時間が残る。こうした時間をいかに有意義に過ごすかは、個人にとっても、社会全体にとっても、重要な問題だ。d003-3

 この対策の一つとして考えられるのがシニア起業である。シニア起業には、さまざまなメリットがある。起業する本人の見地からすると、残された10数年から20数年の時間を、たとえリスクを背負うにせよ、有意義に過ごせるだろう。また社会の見地からすると、高齢者を労働力に組み込めるという大きなメリットがある。加えて、起業により職場が増えるとともに、シニアの智恵を若年者に伝えることもできる。結果、社会の活性化、人口減少社会の中での生産性向上も期待できる。

 10年後、我々を取り巻く環境がどのようになっているのか、誰にもわからない。しかし、変化は必ず訪れる。どうせ起こる変化ならば、自ら変化の先頭に立って、自らが変化の担い手になるべきだ。ドラッカーはこのような人を「チェンジ・リーダー」と呼んだ。「自ら未来をつくることにはリスクが伴う。しかしながら、自ら未来をつくろうとしないほうが、リスクは大きい*7」。詰まるところ、チェンジ・リーダーになることこそが、知識社会に向かう我々にとっての、最善のリスク・マネジメントだと心得たい。


参考文献

*1ドラッカー『ドラッカー全集 日本版への序文(1972年、ダイヤモンド社)P6

*2ドラッカー『乱気流の時代』(1980年、ダイヤモンド社)P105

*3ドラッカー『ポスト資本主義社会』(1993年、ダイヤモンド社)P50

*4ドラッカー『ポスト資本主義社会』(1993年、ダイヤモンド社)P87

*5ドラッカー『変貌する産業社会』(1959年、ダイヤモンド社)P80

 *6ドラッカー『イノベーションと起業家精神(下)』(1997年、ダイヤモンド社)P190

 *7ドラッカー『明日を支配するもの』(1999年、ダイヤモンド社)P106


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