『これでわかるビジネス戦略講座[2]』収録
CONTENTS
ゲーム理論とは 何なのか 1
フォン・ノイマンと ゲーム理論 3
均衡点の存在が なぜ重要なのか 4
あなたはどの 事業計画を採用する? 5
利得表を使って 状況を整理する 6
利得表から 適切な戦略を選ぶ 8
ゲーム理論とは
何なのか
ゲーム理論という言葉を聞いたことがあると思います。もちろんこれは「ゲームのプログラミングについての理論」ではありません。全くの誤解ですね、これは。
いまやゲーム理論はMBAの必須科目になっています。適切な意思決定や戦略的思考にゲーム理論は欠かせません。
まず、そもそもゲーム理論とは何なのか、最も気になるこの疑問から解消しましょう。
ゲーム理論が指すゲームとは、複数の主体がそれぞれの意思決定によって影響を受ける状況のことを指します。これをゲーム的状況と呼びます。そして、このゲーム的状況の中で、主体がどのように意思決定し行動するのかについて理論化したものがゲーム理論です。
ここで言うゲーム的状況で一番に思い付くのは、文字通りカードや麻雀などのゲームでしょう。しかし、ゲーム的状況とは、遊戯としてのゲームのみを指すわけではありません。その範囲は非常に広範です。
たとえば、魚屋のおじさんと、魚を買いに来たお客をイメージしてみてください。お客はできるだけ新鮮でおいしい魚を安く買おうとするでしょう。一方、魚屋のおじさんは、よく見かける客ならばできるだけ質のよい魚を売ろうとするでしょう。しかし利益にならないほどの低価では売ろうとしないはずです。
このように、魚屋のおじさんとお客は、それぞれの意思決定によって、互いが影響を受ける関係にあると言えます。つまり、ゲーム的状況にあるわけですね。
別のケースを考えてみましょう。給料に不満を持つある有能な社員が社長に昇給を直訴しました。そもそもその社員は、昇給を直訴するか否かを意思決定できる権限を有しています。まるで望みがないのならば最初から行動は起こさないでしょう。一縷の望みがあるからこそ、勇気のある行動に出たに違いありません。
一方、直訴された社長はどうでしょう。社員の要求を呑むのも、はねつけるのも、社長の考え方次第です。直訴の理由が適切ならば昇給もやむなしとなるかもしれません。それでも拒絶したら、有能な社員が会社を辞めていくかもしれません。
このように、社員と社長は、それぞれ独立した主体として、互いの意思決定が影響する関係にあります。つまり彼らもゲーム的状況にあると言えます。
では、このようなゲーム的状況にあって、先の魚屋のおじさんやお客、有能な社員と社長は、どのように意思を決定して行動するのが得策なのでしょうか。仮に自分にとって有利となる原理原則が理論として存在するのならば、それを利用しない手はありません。そして、この原理原則を理論化しようとするのがゲーム理論に他なりません。
いま示した身近な例からもわかるように、ゲーム理論が適用できる場面は、日常生活のあちこちに見出せます。議論や取引を有利に運びたい、上司や部下と良好な関係を維持したい、パートナー企業と協力関係を築きたい等々、その応用範囲は極めて広範です。
さらに学問の世界では、経済学の他、生物学、脳神経学、社会物理学、量子力学、統計力学と、多様な分野で新たな領域を切り開く際の理論的ベースにゲーム理論がなっているという事実も付け加えておきます。
フォン・ノイマンと
ゲーム理論
ゲーム理論の歴史は、1928年にハンガリーの数学者ジョン・フォン・ノイマンが著した『室内ゲームの理論』という論文に端を発すると言われるのが一般的です。
ノイマンは、1903年の生まれで、幼少から神童と呼ばれていました。ブダペスト大学、ベルリン大学、スイス連邦工科大学などで学び、1930年には米プリンストン大学の教壇に立ちます。その後、プリンストン高等研究所、ランド研究所などで要職を歴任します。そして数学を筆頭に化学、量子学、コンピュータ学など多様な分野で活躍しました。
ノイマンが原爆の開発に手を染めたのはあまりにも有名です。そういう意味で、日本とも浅からぬ縁のある人物と言えるでしょう。1952年に53歳で早世しましたが、これは原爆開発の中心人物として活躍していた時に立ち会った実験で、放射能を浴びたのが原因だとも言われています。
また、我々が現在利用しているコンピュータは、コンピュータ自体がプログラムを記憶している、いわゆるプログラム内蔵型です。このプログラム内装型コンピュータの必要性を最初に説いたのがノイマンです。そのため、現在我々が利用しているコンピュータをノイマン型コンピュータと呼びます。
ノイマンは、プリンストン高等研究所に在籍している時代に、プリンストン大学経済学部教授オスカー・モルゲンシュテルンとの共著『ゲーム理論と経済行動』を発表します。第二次世界大戦後の1946年のことです。これがゲーム理論の基礎となりました。
ノイマンとモルゲンシュテルンはこの『ゲームの理論と経済行動』の中で、主にゼロサム・ゲームに関する理論を展開しています。ゼロサム・ゲームとは、一方が得をすれば、他方がその分損をする状態、言い換えると利得と損失が同じになるゲームのことを指します。
たとえば、会社における予算配分はある意味でゼロサム・ゲームです。ある部署に多くの予算を割こうとすると、その分だけ別の部署の予算を削らなければならないからです。そしてノイマンは、あらゆるゼロサム・ゲームには均衡点があることを『ゲームの理論と経済行動』の中で証明しました。
均衡点とは、言い換えるならば、ゲーム的状況にある主体が、互いに納得できる「折り合い点」です。欲を出せばきりがありませんが、とにかく自分も相手も納得できる、ちょうどバランスの良い点、それが均衡点です。
均衡点の存在が
なぜ重要なのか
ノイマンとモルゲンシュテインの理論は後にさらに発展し、天才数学者ジョン・フォーブス・ナッシュによって、非ゼロサム・ゲームにも同様の均衡点が存在することが証明されています。
非ゼロサム・ゲームとは、利得と損失が同じにはならないゲーム的状況を指します。冒頭にふれた魚屋とお客、社員と社長の関係は、いずれも非ゼロサム・ゲームと言えます。日常生活では、ゼロサム・ゲームより非ゼロサム・ゲームの方が、圧倒的に多いと言えるでしょう。
ちなみに、ナッシュはこの功績によりノーベル経済学賞を受賞しています。また余談ながら、このナッシュの半生を描いた小説『ビューティフル・マインド』は映画にもなり、大きな話題となりました。
それはともかく、ここで重要になるのは、ゼロサム・ゲーム、非ゼロサム・ゲームを問わず、あらゆるゲーム的状況において均衡点があることが発見されたということです。
均衡点があらゆるゲーム的状況にあるということは、その均衡点を探し出して身を置くことで、最低限の自分の利益は保証されるということです。そして、仮に相手が均衡点から外れた行動をとっていたとするならば、それに行動を適応させることで、自分の利益を拡大できるはずです。逆に自分が均衡点からはずれているのを相手に読まれたならば、そこにつけこまれ損害を被ることになるでしょう。
つまりゲーム的状況では、まず均衡点を探り出し、そしてそこに身を置くよう行動することが重要だということを、ゲーム理論は我々に教えてくれます(図表1)。
図表 1 ゲームには均衡点がある

あなたはどの
事業計画を採用する?
では、極めてシンプルな状況を想定して、均衡点を見つけ出す方法を考えたいと思います。ここでは、状況がより把握しやすいように、ゼロサム・ゲームの具体例を用いることにしましょう。
たとえばここに、2つの営業部から成っている会社があるとしましょう。営業部全体の年間予算は1000万円です。この予算は、それぞれの事業計画の優劣によって配分されることになっています。
営業1部はA案とB案、営業2部はC案とD案の事業計画をそれぞれ有しています。互いに事業計画の内容をおよそ理解しているため、それぞれの組み合わせで予算の配分はだいたい推測できます。
まず、営業1部のA案に対して、営業2部がC案だと、営業1部の予算は550万円と予想されます。営業2部はその残りですから450万円です。次に営業2部がD案で挑んだとしましょう。この場合、営業1部の取り分は400万円で、営業2部は600万円になります。
続いて営業1部がB案の場合です。これに対して営業2部がC案で臨むと、営業1部は300万円で営業2部は700万円です。一方営業2部がD案だと、立場は逆転して営業1部が700万円、営業2部が300万円の予算になります。
皆さんは営業1部の責任者だとしましょう。A案かB案、いずれの案で挑みますか。
営業1部に最も都合の良いシナリオは、自分がB案で相手がD案の場合です。この場合、予算は700万円に最大化できます。
しかし、この予算の取り合いは、ゲーム的状況であることを忘れてはなりません。独立した意思決定主体である営業2部も、自らの利益を最大化しようとしています。したがって、自分の立場だけでなく、相手の立場でも考えなければなりません。相手の行動の先読み無くして、均衡点を探し出すことは不可能です。
利得表を使って
状況を整理する
では、状況をより的確に把握するために、図表を活用しましょう。ゲーム理論では、利得表(利得行列)と呼ばれるものを利用して、ゲーム的状況を把握しやすくします。
この利得表はノイマンとモルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』にもたびたび登場するツールです。
図表2に示したのが、今回のゲーム的状況を、利得表を用いて整理したものです。
図表 2 利得表

利得表では行側と列側に、それぞれ主体を配置します。例では行側に営業1部、列側に営業2部を配しました。そして2行2列はそれぞれの戦略を意味します。行側の1行目は営業1部のA案、2行目はB案です。また、列側の1列目は営業2部のC案、2列目がD案になります。
さらに行列が交わる個々のセルには、数値が記されています。今回の例では営業1部が獲得できる予算の値を表示しています。営業2部は、「1000」からその値を引き算すればすぐに算出できるので明記していません。
例えば、営業1部がA案で、営業2部がD案の場合、その交差するセルは「600」です。これは営業1部が手にする予算額が600万円で、営業2部は残りの400万円を意味しています。
つまり、営業1部からすると、この利得表に表示されている値が大きいほど好ましく、逆に営業2部は小さいほど好ましいということになります。そのため前者を最大化プレイヤー、後者を最小化プレイヤーとも呼びます。
利得表から
適切な戦略を選ぶ
では、利得表を見ながら、まず自分(営業1部)の立場で考えてみましょう。相手の出方に対して自分の対応を全て吟味するのです。
まず、相手がC案できた場合です。この場合、A案で対応すると、得られる予算は550万円、B案だと300万円です。つまり、相手がC案の場合、営業1部はA案を採用した方が得になります。
次に相手がD案できた場合です。これに対してA案で対抗すると600万円、B案だと700万円です。つまり相手がD案ならば、B案を採用した方が得です。
このように営業1部は相手の出方によって戦略を変える必要があるということがわかります。
そこで次に、相手の立場になって考えてみましょう。営業2部は最小化プレイヤーですから、値が小さいほど好ましいという点に留意してください。
まず営業1部がA案を採用した場合です。これに対して営業2部がC案ならば550万円の損失、D案ならば600万円の損失です。よって、営業2部は損失の少ないC案を選ぶことになるでしょう。
次に営業1部がB案を採用した場合です。これに対して営業2部がC案を選ぶと300万円の損失、D案を選ぶと損失は700万円です。ここでも営業2部はC案を選ぶ方が得ということになります。
つまり、営業2部にとっては、営業1部がA案でこようがB案でこようが、相手の戦略に関わりなくC案をとった方が得策になります。このように、相手の戦略に関係なく、自分の特定の戦略が自分の他の戦略よりも優れているものを「絶対優位の戦略」と呼びます。そして、絶対優位の戦略が存在する場合、それを選択するのがゲーム理論の鉄則になります。
以上から、営業2部の出方が把握できました。相手がC案でくるのなら営業1部がとるべき戦略はA案です。B案をとれば300万円、A案ならば550万円だからです。この結果、営業1部はA案、営業2部はC案で、予算配分は550万円と450万円になるというのが、このゲームの均衡点です(図表3)。
図表 3 均衡点を探し出す

上記の事情を理解せずに営業1部が700万円狙いでB案を選んでいたら、得られる予算は300万円という最悪の結果になっていたでしょう。
この一点からも、ゲーム理論で論理的に考えることの重要性がわかってもらえると思います。
参考文献
アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ著、菅野隆、嶋津祐一訳『戦略的思考とは何か』(1991年、TBSブリタニカ)
ジェームズ・ミラー著、金利光訳『仕事に使えるゲーム理論』(2004年、阪急コミュニケーションズ)
岡田章『ゲーム理論・入門』(2008年、有斐閣)
中野明『Excelで学ぶゲーム理論』(2010年、オーム社)