中野 明
2008年2月15日
初出:週刊エコノミスト3月4日号
放送法が2007年12月に改正され、4月1日に施行される。その目玉の1つは「認定放送持ち株会社制度」の導入だ。複数の放送会社を傘下に収める持ち株会社の設立を認める。
これまでは、表現の自由や言論の多様性を守るために、少数の株主が複数の放送会社を所有・支配することを禁じる「マスメディア集中排除原則」によって、放送会社の子会社化はできなかった。しかし、経営の効率化や地方放送局の財政基盤強化の観点などから、この原則が緩和されることになる。例えばキー局が中心となって、複数の地方局を傘下に抱える持ち株会社の導入が可能になった。
放送関係者の間には「経営の選択肢が増えるのはよいことだ」「成績の苦しい放送会社は大きな期待を抱いている」など、制度導入を歓迎する声がある。
総務省は制度導入にあたり、持ち株会社が子会社化できる地上波の放送局数を、最大12局とする方針を示している。ただし、放送対象地域の広さに応じて局数の数え方は異なり、東京のキー局の場合は7局分、準キー局である大阪は6局分、名古屋は3局分、それ以外は1局として計算する。したがって、持ち株会社はキー局と準キー局を同時に子会社とすることはできない。
また、この数の範囲内であっても、放送対象地域が重なる複数局を子会社にすることはできない。さらに、別枠として、BS(放送衛星)が 1局分、CS(通信衛星)は標準画質換算で12チャンネル(通信中継器の数が2つまで)を子会社化できる。
地方局は“渡りに船”
今回の制度は、放送各社にとって多くのメリットをもたらす。まず、各放送会社に共通していえるのは、経営手法の選択肢が拡大する点だ。今回の制度を利用するか否かは、各放送会社の意思決定に委ねられるが、複数の放送局で協力して経営の効率化を図るか、単独で自主経営を維持するか、切れるカードの数が増えたことは確かだ。
また、経営が苦しい地方局にとって、この制度は渡りに船となろう。そもそも今回の制度導入の背景には、地上波テレビ放送の完全デジタル化による放送会社の多額な資金負担がある。2011年に現在の地上波放送をアナログからデジタルへ完全移行させるため、「この1~2年が投資負担のピーク」と関係者が語るように、今が放送局にとって苦しい時期だ。
特に開局間もない「平成新局」と呼ばれる地方局にとっては重荷になっている。また、「高齢化が進んで高給取りが多い古い地方局も決して安泰ではない」(準キー局幹部)という。こうした地方局で、社長がキー局出身者の場合、キー局に持ち株制度を活用した救済措置を願い出る可能性は高い。
キー局にとっても、ネットワークを維持していくうえで、系列局の苦境は好ましいことではない。今回の制度は、本当に危機的な地方局に対し、キー局が手を差し伸べることを容易にした。今後、全国的な放送業界の再編が動き出す可能性は十分にある。
もっとも、持ち株会社化はメリットばかりではない。特に、地方局救済型の持ち株会社には大きなリスクがある。その理由は、持ち株会社制度とは一見関係がないように見える「県域免許制度」、それに地上デジタル放送の「IP再送信」にある。
県域免許制度は、地域免許制度とも呼ばれるもので、県単位に放送を認める制度をいう。現在、地上波のテレビ局は、関東・近畿・中部の3大広域圏を除けば、原則として県域免許になっていて、ある県の地方局が他の県で放送することはできない。
一方で、人々の行動範囲や経済活動が広域化し、メデイアも多様化するなか、県域という単位で放送免許を与えることに意味があるのかという議論は、以前からも行われてきた。この議論に拍車をかけているのが、地上デジタル放送のIP再送信である。
IP再送信とは、インターネットプロトコル(IP)というネット上の通信技術を利用した「IPマルチキャスト」という手法を用いて、地上デジタル放送の番組を、ネットで提供するものだ。このIP再送信が、今春に本格サービスを予定しているNTTの次世代ネットワーク(NGN)で導入される。
県域放送がなくなる日
インターネットには県境どころか国境すらない。技術的に境域を設けることは可能だが、IPマルチキャストのような仕組みを使えば、理論的には全世界に情報を送信できる。こうした状況のなかで、県域免許制度にどれほどの意味があるのかは疑問だ。
実際、06年に竹中平蔵総務相(当時)の肝いりで設置された「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇)も、IPマルチキャストによる再送信は、基本的に「地域限定を設けるべきではない」と報告書で答申している。
しかし、放送局側は、県域免許制度は日本の放送制度の根幹と主張しており、制度の廃止には反対の立場を貫いている。NTTが進めるNGNにおけるIP再送信でも、放送局側は、IP再送信で視聴できる範囲を、それぞれの放送局の放送対象地域と同一にするよう強く求めた。つまり、NGNで境域のない通信回線が整備されても、地方局の番組を、県域免許制度で決められた区域外では視聴できないし、東京キー局の番組を地方で直接視聴することもできない仕組みだ。
今後IP再送信の進展で、県域免許制度が時代に合致しているのかを問う論調はさらに高まるだろう。実際「県域免許制度は時代遅れで、もはや無理がある」と話すテレビ関係者もいるが、テレビ局側としては「現在の制度が地方局の存在を守ってくれている」というのが本音のようだ。仮に県域免許制度が見直された場合、番組制作力の高い有力局なら、日本全国、あるいは世界に向けた番組提供が可能になる。逆に独自色が出せない地方局は、その存在価値が低下してしまう。
中長期的にこのような可能性があるとすれば、持ち株会社制度が導入されても、キー局があえて弱小地方局を傘下に収める必要はない、という判断をしても不思議ではない。このように考えると、今回の持ち株会社制度は、県域免許制度が廃止された場合に備えて、時間的余裕があるうちに、地方局が経営基盤強化する選択肢を増やした政策と見ることができる。いずれにしろ各々の放送局は、中長期的な趨勢をにらんだ戦略的経営判断が欠かせない。
コラム 楽天vsTBS「買収防衛」になる持ち株会社
楽天がTBSの株式を大量購入したのが2005年。それ以降、両社は事業提携に向けて協議をしてきたが、目立った成果は出ていない。現在も楽天はTBS株をやく17%握っているが、膠着状態が続いている。
この攻防に、今回の認定放送持ち株会社制度が大きな影響を与えることが予想される。改正放送法では、持ち株会社に対する1企業の出資比率(保有議決権割合)は3分の1(33%)未満に制限される。このため、出資企業は単独では、合併など経営を左右する重要事項の決定に拒否権を発動できない。つまり、TBSが持ち株会社に移行した場合、楽天は株を買い増しても、買収はできず、株主としての影響力もこれまで以上に制限されてしまうことになる。
一方、TBSは今年度中にも持ち株会社に移行すべく準備中と報じられた。これは経営を効率化する狙いに加えて、楽天に対する買収防衛を意図しているとみることができる。これにより楽天は、戦略の見直しを迫られることになろう。だが、今回導入される保有議決権制限は、本来、特定の企業によるメディアの独占を阻止するのが趣旨だろう。これがあからさまに買収防止策として用いられるならば、本筋を逸脱していなかという議論も起こりそうだ。