2007-12-25
国宝投入堂で大感激す

 去る12月21日、鳥取県米子市の取材帰りに、東伯郡三朝町三徳山(みとくさん)の断崖絶壁に孤高として建つ国宝投入堂(なげいれどう)に行ってきました。投入堂は、平安時代後期に建立されたといわれる建造物で、立地場所、建て方とも、まさに想像を絶するものです(写真1)。

 投入堂が建つ三徳山は、もともと修験道の修行の場として開かれました。したがって、投入堂への参拝もあくまでも修行が建前となります。また、山道は悪路が延々と続くため、革靴はもちろんのこと、スニーカーでの入山も禁止になっています。スニーカーだったわたしは、入山口でわらじに履き替えました(写真2)。

 入山口からしばらく行くと、わらじの必要性が充分理解できます。山道があまりにも険しいからです。道らしい道がなく、木の根っこがはう岩の斜面を、繰り返しはい上がらなければなりません(写真3)。しかも、道順の標識などまったくありませんし、連れもありません。わたし一人っきりです。わらじの履き心地を気にするよりも、「この道で本当に間違いないのか」という不安感が強まります。

 また、入山口のお堂では、守の方から、先月11月だけで4回レスキュー隊が来たのでくれぐれも気を付けて、と釘をさされています。加えて、途中、一息ついて汗をぬぐうと、かなり大量の鼻血が出るアクシデントに見舞われました。このときは、本当、今日は諦めて帰ろうかと思ったぐらいです。

 とはいえ、せっかく来たのだからと思い直し、充分に休憩してから先に向かいました。さらに進むと、道なき道が次々と現れるので、こういうものかと、当初の道に迷うという不安は薄れました。しかし、気の根のない岩肌を登り降りする際は、足をすべらしたら確実に怪我をするのは明らかなので、慎重には慎重を期したものです。

 こうして、悪路の連続の中、文殊堂(写真45)地蔵堂、鐘楼堂などの建造物を過ぎて、観音堂が見えるところまで来ました(写真6)。半洞窟の中に建つ観音堂の裏側に回ると、目の前が一瞬真っ暗になります。もっともそれも数秒程度のことで、数歩進めばまた日の差す場所にでます。さらに右手180度に曲がるかのように山肌に沿って歩くと、見上げる向こうに投入堂が現れます(写真78)。いや、感激しまた。

 ですが、このときふと思ったのが、ここまでに至る過程についてです。危機感を覚える悪路の中、正しい道も分からず、心細い気分で山を登るということは、まさに人生の縮図に他ならないのでは、という思いです。そして、観音堂の暗闇を過ぎることで、私は擬似的に死を経験したのかもしれません。

 こうして投入堂自体も素晴らしかったのですが、むしろそれ以上に、そこへ至る経験の貴重さに感じ入りました。今度は嫁さんと一緒に、再訪したいと思っています。

投入堂03

© Akira Nakano pcatwork.com 1999~2008